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MaaSの先にあるもの 第1回 誰がためにMaaSがある?

「MaaS(Mobility as a Service:サービスとしてのモビリティ)元年」と言われた2019年、中央省庁が「新モビリティサービス推進事業」などの事業を実施すると同時に、民間企業でも実証・実装段階の様々なサービスが開始された。
MaaSの取り組みはどこに向かうのか、日本はどのように変化していくのか、変革させていくのか、日本総研のMaaS/都市計画の各専門家が、今後の方向性を語った。


シンクタンクが課題解決に向けた社会像を提示できていない

高野
MaaSやMaaSの先に何があるのかの議論を、官民様々な方と議論する中で、交通以外の領域、例えばウェルネス/ヘルスケアやエンターテインメントなどと掛け合わせて事業化しようというディスカッションをよくしています。ただ、初期投資の費用負担、事業スキーム、仕組みの議論はするものの、結局初期投資をする意思決定ができない。大都市においては、不動産開発・都市の再開発に絡めて投資を実行していく、つまり、不動産価値の向上で回収するという構想は立てやすいです。でも、都市開発が可能な地域しかMaaSが実装されない、住民の暮らしが変わらないとなったら、希望がない。
井上
その通りです。今の政策は、各自治体の中でコンパクト化・ネットワーク化を図ろうという方向性があります。ただ、そうすると各自治体での「中心部」に人が寄っていってしまい、それ以外の周縁部は取り残されていくという構図になってしまう。必ず「集約する場所から漏れていく人」の問題が出てくる。この部分のネットワークをどうするかという部分、まさにモビリティのあり方を考えないといけない。
山崎
コンパクトシティには各自治体がもう何年も取り組んできています。しかし、有効な解が見つかっていないし、実現する道筋を見つけることも困難になっています。現実には、都市計画が機能せず、集積を高めるべき市街化区域よりも、開発を抑制する市街化調整区域の方が人口増加してきた自治体すら存在します(*1)。数年前に立地適正化計画が策定されたが、一朝一夕に結果が出るものでもないし、多極・多拠点を結ぶネットワークを豊富に拡充できるだけの財源があるわけでもない。本当に困っている自治体が多いのが現実です。
井上
その現実に直面した時に、問題は、ではどうしていくかという社会像がない、だから、希望が持てなくなっています。そこをシンクタンクが提示できているかといったら、できていない。同時に、霞が関も、言いっ放しのシンクタンクの議論なんて聞く耳を持たない。だから我々は、MaaSによって実現する社会像を提示するとともに、社会への実装を今のうちに進めないといけない。今のうちにというのは、今が期待のピークにあるからです。ハイプサイクルの例ではないですが、デジタル・トランスフォーメーション(DX)やSociety5.0もある種ブームになっています。その後、そのブームが落ち着く時期、ハイプサイクルで言うところの幻滅期がやってくる。でも、その間に社会への実装が始まる。ここで実装できないと、本当に未来がなくなってしまいます。

MaaSは誰のためのものか

井上
今までつくってきたハードウエアがだんだん人口減少時代に対応しなくなってきている中で、まちの構造を変えなければならないのでは、という議論があります。面としてのまちの構造が変わらないまでも、ネットワークとしての点や線を変えることによって、今のハードウエアを前提にしながらも、もう少しスマートな暮らしができるというのがMaaSの一つの価値だとしましょう。そこには、官が絡まなくても民だけで成立する「点や線」をどれだけ豊かにできるかという論点があると思います。
ただ、そのときに、結節点を中心に、様々な問題が出てきます。ターミナル的な結節点を整備していこうとか、もっと細かい話で言えばバス停と地下鉄の出口をもっと近くに寄せていこうとか。地下鉄の出口からさっとバスに乗れるような、セットバックした歩道の切り込みをつくっていこうとか、この手の小さなハードウエアの話というのは、実は結構重要だと思っています。
ANA社は、「Universal MaaS」という言い方をしています。Universal MaaSというのは、例えば身体障害を抱えた車椅子の方でもとにかくシームレスに動けるような、車椅子の移動の目線で障害を見つけていこうという考え方。そういうカスタマージャーニーで見ていったときに、障害のあるところをMaaSとして、ハードウエアなりサービスとしてどう変えられるかということをANA社はやろうとしています。この取り組みは、いい社会をつくりたい、本当に誰もが移動できる社会をつくりたいという思いでそういうことをやっていて、重要な視点だなと思っています。
これは、MaaSは誰のためのものなのかというところが、重要だということです。MaaSもDXも、この議論が効率性の話だけで語られる部分があるので、何か浮ついた感が出てしまっていると思います。

今のまちを前提に、不利益を被っている人に向けたサービス設計を

山崎
行政・医療・教育など様々なサービスと、モビリティを掛け合わせる構想、実証が多く出てきています。サービスはどんどん変化していく。ただ、その前提として、ハードを大規模につくり変える必要はないということなんだと思います。ハードの改変が前提になってしまえば、MaaS的なサービスは大都市・再開発地域でしか導入できない、マネタイズできないという話になってしまう。
井上
そうだと思います。ただ、まちづくりとMaaSといったとき、都市計画とMaaSといったとき、やっぱりミスリーディングなのは、先ほどの議論のように「ある程度都市開発するところでないとMaaSは入っていかないよね」との話になってしまうのですが、そうではなくて、言われたように今のまちを前提にして不利益をこうむる人がいないようにどうサービスを設計していきますかという視点がとても重要です。だけど、そのときに、とてもではないけれども、サービス化したとしてもマネタイズできないという場所が結構出てくるから、その部分が今後の大きな課題になると思います。

(以下次回)


*1:「平成を振り返る:効果が見えない地方活性化策」藤波匠 (2019年4月11日:日本総研 View point)

井上 岳一創発戦略センターシニアスペシャリスト
人口減少時代を生きのびるための地域社会のデザインの研究・実践、コミュニティと共創する「コミュニティアプローチ」による問題解決を専門とする。
高野 寛之都市・地域経営戦略グループシニアマネジャー
都市開発に関するコンサルティング(特に事業スキームの検討、財務シミュレーション、民間事業者の提案支援)、PPP/PFIアドバイザリー業務を専門とする。
山崎 新共創・創造都市グループマネジャー
公益的サービスを担う地域事業体の組成、PPPによる公共施設再配置計画の推進、地域エネルギー事業の立上げ等に注力。
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